『相続放棄』と『遺留分の放棄』

たとえば、事業を営んでいた親が突然亡くなり、莫大な借金が子どもに残されたとします。子供は突然の出来事に途方に暮れてしまいます。こういったときのため民法は『相続放棄』という手続きを準備しています。この制度のおかげで地獄から脱することができた人が大勢います。
相続で「放棄」というと『相続放棄』を連想しますが、もうひとつ裁判所の関与する手続き『遺留分の放棄』があります。
ちなみに遺留分制度の概要は以下のとおりです。
-遺留分制度-(民法1028条以下)
遺留分制度は、被相続人が有していた財産について、その一定割合の承継を一定の法定相続人に保証するもので、被相続人が一部の相続人に全財産を相続させる遺言を残した場合などに遺産をもらえなくなった相続人を保護することを目的とします。
遺留分権利者(遺留分を有する相続人)は、被相続人の配偶者、子、直系尊属であり、子の代襲相続人も、被代襲者である子と同じ遺留分をもちます。総体的な遺留分の割合は、
① 直系尊属のみが相続人   被相続人の財産の1/3
② ①以外の場合         被相続人の財産の1/2
個別の遺留分は、この総体的な割合に法定相続分の割合を乗じて算出します。
遺留分に反する譲渡行為であってもそのため当然無効となるものではなく減殺請求に服するにすぎません。また、遺留分を有することと遺留分権を行使するということは別問題です。
『相続放棄』と『遺留分の放棄』のふたつを比べてみます。
『相続放棄』 (民法938条以下)
相続の放棄とは、相続人が相続開始による包括承継の効果を全面的に拒否する意思表示であり、放棄する相続人は、自己のために相続が開始したことを知ったときから3か月以内に、家庭裁判所にその旨の申述をしなければならない。放棄した相続人は、その相続では最初から相続人でなかったものとして扱われる。
『遺留分の放棄』(民法1043条)
遺留分権利者は、相続開始前に、家庭裁判所の許可を得て遺留分を放棄することができる。
遺留分の放棄は『相続の放棄』ではないから、相続開始後は相続人となることに変わりはない。また、ある遺留分権利者が遺留分を放棄したからといって、他の共同相続人の相続分が増加するわけではない。相続開始後は、家庭裁判所の許可なしに自由に遺留分を放棄することができる。
このふたつの放棄の一番の違いは、相続開始『前』に放棄ができるかできないかということです。
兄弟姉妹と配偶者が相続人のケースであれば、兄弟姉妹には遺留分がないので、夫婦が互いに配偶者に全てを「相続させる」旨の遺言を残せば相続は完結しますが、遺留分権利者がいる相続では、この『遺留分の放棄』と遺言を組み合わせることで後継者や一部の相続人に農業や自営業用など相続財産を残すことが可能になるのです。
平成20年5月に成立した「経営承継円滑化法」はこの『遺留分の放棄』の変形活用パターンと言えます。
昭和24年 平成19年 平成20年
相続の放棄の申述の受理 148,192 150,049 148,526
遺留分の放棄についての許可 364 1,093 988
家事審判・調停事件の事件別新受件数(司法統計より)
とはいえ、このデータが示すとおり、『遺留分の放棄』はあまり活用されている制度ではありませんでした。
遺言を残す人数は、年々増加しています。生前贈与を含めた一連の相続対策の中で、『遺留分の放棄』というツールの活用を検討する機会も出てくるのではないでしょうか。
ちなみに裁判所は、遺留分放棄許可審判の申し立てがあった場合、遺留分権利者の自由意思(被相続人の威圧による強要でないか)、放棄理由の合理性・必要性、放棄と引き換えの代償の有無などを考慮して許否を判断します。

【生命保険の受取人変更は贈与・遺贈にあたるか?】
以前、上記のような質問を受けました。結論から言うと、妻子ある男性が、生命保険金の受取人を妻から実母に変更したとしても、その変更行為は遺留分を侵害する贈与や遺贈に該当しません。
最一小判平成14年11月5日(民集56巻8号2069頁)
<要旨>自己を被保険者とする生命保険契約の契約者が死亡保険金の受取人を変更する行為は,民法1031条に規定する遺贈又は贈与に当たるものではなく,これに準ずるものということもできない。
このことから考えても生命保険は、相続対策に有効な手段に使えそうですね。(もちろん課税上の対策は必須です)

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