遺言を無効にしないために

7月26日、厚生労働省は2009年の日本人の平均寿命を発表しました。女性は86・44歳で25年連続長寿世界一、男性は79・59歳で前年4位から5位に後退という結果でした。
いずれも4年連続で過去最高を更新とのことです。
そんな長寿・高齢化社会の日本では、相変わらず遺言・相続に関するマーケットがとても賑わっているようです

ご存知のとおり、日本では最後の意思表示である『遺言』は要式行為です(民法第960条)。方式を満たしていないと、そもそも遺言として認められないことがあります。今話題の「遺言書キット」を使うとこの問題はクリアでき、初心者でも手軽に自筆証書遺言を書くことができます。このあたりもヒットの秘密かもしれません。
また、遺言をするには遺言能力(意思能力)が必要です(民法第961条~)。せっかくの遺言も、相続発生後、裁判で無効になることもあります。京都の老舗カバン専門店「一澤帆布」の兄弟の骨肉の争いは記憶に新しいと思います。
では、どうすればよいでしょうか?公正証書で遺言を残すことだけで万全でしょうか?それでは、どういった遺言が無効と判断されたか判例から見てみましょう。
① (東京高判平12・3・16判時1715号34頁・判タ1039号214頁)
A(明治37年生まれ)は、平成3年頃から認知症の症状が現れていたところ、平成5年2月、Aの娘であるY1夫婦に伴われ、公証役場に赴き、公正証書遺言を行った。そして、同年11月13日に死亡し、Y1のほか、Aの子であるX、Aの妻であるY2が共同相続し、Aの所有不動産につき各法定相続分による持分移転登記手続がされた。その後Xが遺言の無効確認を請求したのに対し、Y1らが反訴として更正登記手続を請求したものである。第1審判決が遺言を有効であるとし、本訴請求を棄却し、反訴請求については、更正登記手続の目的となる持分以上の登記がされているとし、訴えを却下したため、Xが控訴したものである。本判決は、Aの症状を認定し、遺言当時重度の認知症の症状があり、遺言能力を欠いていたとし、原判決を変更し、本訴である遺言の無効確認請求を認容し、反訴請求を棄却した。
② (東京地判平11・9・16判時1718号73頁)
A(大正8年生まれ)は、平成4年頃、知り合いの税理士に遺言につき相談する等していたが、平成7年、健康状態が悪化し、同年6月、病院に入院し、パーキンソン病であると診断される等していたところ、同年7月、公正証書遺言を作成し、平成10年9月、死亡し、Aの長男であるXが、Aの妻Y1、二男Y2、長女Y3に対して遺言の無効確認を請求したものである(相続人は、X、Y1ら以外にはいない)。本判決はパーキンソン病による認知症の影響で遺言能力を欠いていたし、仮にあったとしても、口授の要件を欠いた遺言であるとし、請求を認容した。
③ 東京地判平10・6・12判タ989号238頁
A(大正3年生まれ)は、昭和63年8月頃、老人性認知症の状態になっていたところ、平成元年3月、病院に入院し、同年12月1日、子であるY1の自宅で自筆証書遺言を作成し、その後病院に戻り、同年12月28日、死亡したが、共同相続人であるX1、X2らが共同相続人Y1、Y2に対して遺言の際意思能力を欠いていたと主張し、遺言の無効確認を請求したものである。本判決は、意思能力を欠いていたとし、請求を認容した。
「市民と法 №57」(民事法務協会)より
①、②は公正証書遺言、③は自筆証書遺言が無効とされた事例です。公正証書だから、公証人が関与しているから安心というものでもないということもわかって頂けるでしょう。
日々、私が感じている公証人のスタンスは、『遺言者の最後の意思をできる限り遺言という形で残す』です。極論ですが、相続発生後その公正証書遺言が問題になった時は、各々裁判等で解決してくださいということです。
公正証書遺言でもこういった不安はありますから、自筆証書遺言はそれ以上にリスクがあることはお分かりでしょう。
もちろんケースバイケースですが、無効になった遺言には、1)特定の相続人・受遺者の意向が入り過ぎている、2)遺言能力を冷静に判断していない、3)とにかく急いでいる といった傾向がみられます。このあたりが要注意ですね。
今後は、リスクヘッジのために、遺言時に医師の診断書を併せて取っておくことも普通になるかもしれません。
遺言は、遺言書を残すことではなく、最後の意思を実現させることが目的であることを忘れないようにしたいですね。

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