承継問題は対岸の火事ではない
街では、都議会議員選挙を控え街頭演説が活発になってきました。各政党も、その先の衆議院議員選挙を見越してあの手この手で人気取りに必死ですね。
そんな中、平成21年6月23日、かつてテレビや新聞を賑わした京都市の人気ブランドかばん店「一澤帆布(はんぷ)工業株式会社」のお家騒動に関して、とても不思議な感じのする最高裁の決定が出ました。
最高裁判所は、三男の妻の「遺言無効確認の訴え」に関し、長男・四男側の上告を棄却し、平成20年11月の大阪高等裁判所の「遺言は無効である」という大変な判決が確定することになったようです。
[事案の概要]
絶大な人気の帆布製のかばんを製造販売する、一澤帆布工業株式会社の先代は、代表の座を三男に譲った後、遺言書[第1の遺言書(所有する同社の株式の3分の2を経営に従事していた三男とその妻に譲る)]を残し、平成13年3月に亡くなりました。(これにより三男及びその妻を合わせた持ち株割合は発行済株式の約66%となり経営権を取得できるはずであった。)
しかし、長男が第1の遺言書よりも後に書かれた先代の遺言書[第2の遺言書(先代の所有株式の80%を長男、20%を四男に相続させる)]を持参したことから事態は急変し、三男は遺言書の無効を訴え、法廷で争われた。
最高裁まで争った結果、平成16年12月、裁判所は第2の遺言書は真正であると判断し、三男は敗訴した。そして民法の原則どおり、後に作成された第2の遺言書が有効となり、長男と四男で発行済株式の約75%を取得し、平成17年12月の臨時株主総会で自らを取締役に選任し、三男及びその妻は取締役を解任され、会社を追い出されることになった。(しかし、当時の職人全員が前社長であった三男を慕って共に会社から出て行った。)
持ち株比率 相続前 第1の遺言 第2の遺言
先 代 62%
長 男 0 0% 約50%
三男と妻 25% 約66% 25%
四 男 13% 約33% 約25%
そして、平成19年に、三男の妻が(再び)「(第2の)遺言の無効確認の訴え」を起こし、今回の決着となったのです。
どうして、一度最高裁で有効と認められた遺言書が別の裁判で無効になってしまったのか。
兄弟間での遺言無効確認訴訟については、平成16年に決着が着いていましたが、三男の妻にはその判決の効力が及んでいなかったようです。
[遺言無効確認の訴えは、固有必要的共同訴訟(利害関係人の全員が参加しないと裁判をできない)ではなく、判決の効力もその訴訟の当事者にのみ効力が及ぶ。]
ちなみに、三男の妻は、第2の遺言が無効であれば第1の遺言により株式の遺贈を受けることができたので利害関係があったようです。
遺言の無効の確定により、第2の遺言書の有効性を前提とした株主総会決議も取り消され、裁判所により取締役の選任・解任について決議取り消しの嘱託登記がされ、三男とその妻が復活することになります。(取り消しの判決は第3者に対しても効力を有する。)
一澤帆布工業は、約30年位前までは、年商1億円程度の零細企業だったそうです。どこの会社であっても対岸の火事とは思えないのではないでしょうか?
この事案は会社法施行前であり、現在のような事業承継の円滑化に関する各法律もありませんでした。そういう意味では現在の方が恵まれているかもしれませんが、どこの事業承継にもこういったリスクはつきものだと思います。どういった方法をとるにせよ、事業承継・相続対策は、じっくりと時間をかけて進めないといけませんね。